この夏以降、金融市場を一喜一憂させてきたアメリカの中央銀行、FRB=連邦準備制度理事会の議長人事をめぐる「トランプ劇場」。 
主役に指名されたのは、「Mr.Ordinary(ミスター普通)」(ウォール・ストリート・ジャーナル評)こと、FRB理事のジェローム・パウエル氏でした。 
トランプ大統領は、なぜパウエル氏を選んだのか。基軸通貨ドルの動向を左右するFRBの新しい議長の横顔を紹介しながら、直面する課題を考えます。 
(ワシントン支局記者 田中健太郎)


トランプ劇場の幕開け

FRBの議長人事をめぐるトランプ劇場の幕が開いたのは、ことし7月。アメリカのメディアによるトランプ大統領のインタビューでした。

来年2月で任期が切れるFRBの議長人事について尋ねられ、「イエレン議長は再任の可能性がある。彼女は低金利政策を実行する人だ」と述べ、再任も検討していることを明らかにしました。
さらにトランプ大統領は、観客を楽しませるサプライズを用意していました。そのインタビューには、ホワイトハウスで経済政策全般を取りしきる、国家経済会議のコーン委員長が同席していました。 

トランプ大統領は「コーン氏は自分が議長の候補になっているとは知らないが、候補だよ」と述べ、主役への抜てきがありうると突然、告げたのです。 
こうして、イエレン議長の続投かコーン氏の登用か、しばらくの間、金融市場の注目は、この2人に集まりました。


しかし8月、白人至上主義をめぐるトランプ大統領の発言に対して、コーン氏が批判的な発言をしたことで、ふたりの関係が悪化。一時は辞任観測も流れるなど、コーン氏を指名する可能性は低くなり、主役争いは混とんとした情勢になります。

イエレン vs パウエル vs テイラー

再びドラマが動き出したのは9月末。トランプ大統領みずからが複数の候補者との面会を重ねていることが報じられます。そして10月20日、3人の候補を軸に検討していることを明らかにしました。
主役の座を争う3人とは、イエレン議長、FRB理事のパウエル氏、そしてスタンフォード大学教授のテイラー氏でした。 

トランプ大統領が、共和党の議員が集まる会合で、パウエル氏とテイラー氏のどちらがふさわしいか挙手させるという一幕もありました。 

利上げのペースを今よりも速める可能性があると見られていた、テイラー氏を支持する議員が多かったと伝えられ、一時、金利が大きく上昇。トランプ大統領やその側近たちが連日、小出しにする情報を手がかりに、日替わりで有力候補が報じられるトランプ劇場に、金融市場は一喜一憂する展開となりました。

低金利とオバマ

最終的にトランプ大統領が重視したポイントは2つ。 

1つは「低金利政策」。もう1つは「オバマ前政権からの転換」でした。 

テイラー氏は、FRBの裁量を廃して、ルールに基づいた金融政策を実行するという主張を掲げ、共和党内に支持を広げていました。しかし、そのルールが利上げのペースを速めると見られていました。 

テイラー氏は「低金利政策」の条件を満たさず、脱落。 

さらにトランプ大統領は、次の議長には「トランプの印」をつけたいと明言。つまり、オバマ前大統領が指名したイエレン議長では、今後の金融政策の成果をみずからの実績とアピールできないというわけです。 

こうして繰り返し「好きだ」と述べ、金融政策の上では評価していたイエレン議長の再任の道を閉ざしたのです。量的緩和策の終了やゼロ金利政策の解除など金融政策の正常化に向けた、かじ取りを担ったイエレン議長は1期4年で、舞台から降りることになりました。

主役の座を射止めたのは「ミスター普通」

そして最後に主役の座を射止めたのは、「Mr.Ordinary(ミスター普通)」こと、FRB理事のパウエル氏でした。
パウエル氏は弁護士出身で、エコノミストではない議長の誕生は、およそ40年ぶりです。財務省の次官をつとめたあと、大手投資ファンドに入り、官民両方の経験を積んでいます。 

アメリカのメディアによりますと、パウエル氏は、数年前、学生から将来のキャリアについて助言を求められ、こう答えたということです。「目立たず、勤勉に働くこと」。パウエル氏の人柄をあらわすエピソードです。 

そのパウエル氏は2012年にFRB理事に就任しました。FRBの理事や地区連銀の総裁は、講演などを通して独自の見解を示して存在感をアピールするメンバーも多いのですが、パウエル氏は講演でも発言は手堅く、FRBのスポークスマン的な役割を演じてきました。 

このため市場では、今の緩やかな金利の引き上げ路線は継承されると見られています。

トランプ印が足かせに?

「アメリカ経済は、金融危機以来、回復にむけて前進している」

パウエル氏はトランプ大統領の指名を受けた会見で、このように述べ、好調なアメリカ経済に自信を示しました。
確かにGDPの成長率は、2四半期連続で3%以上。トランプ政権はさらに法人税の大幅な引き下げなど、大規模な減税を盛り込んだ景気の刺激策を検討しています。 

市場では、景気が過熱する可能性も指摘されていますが、パウエル氏が、低金利政策が好ましいと公言するトランプ大統領の圧力を跳ね返して、タイミングを逃さずに適切な金融政策を実行できるか。 

「トランプ印」が刻まれたパウエル氏に対しては、陰に陽に圧力がかけられることも予想されるだけに、こうした圧力が経済の実態を見極める目を曇らせて、金融政策のかじ取りの足かせにならないのか、歴代の議長以上に、中央銀行の独立という原則に厳しい目が注がれることになりそうです。

転換期迎える世界の金融政策


FRBは先月、量的緩和で膨らんだ資産規模の縮小に踏み切り、異例の緩和策を脱して、正常化への道をまた一歩踏み出しました。 

さらにヨーロッパ中央銀行が先月、量的緩和の規模の縮小を決めたほか、イギリスの中央銀行、イングランド銀行も今月、10年ぶりに政策金利を引きあげるなど、リーマンショック後の危機対応から、世界の金融政策は大きな転換期を迎えています。 

IMF=国際通貨基金は先月、世界経済のリスクとして、世界的な金融政策の見直しで、お金の流れが新興国から欧米へと変わることを指摘しました。 

先月、パウエル氏は講演で、「金融政策の正常化によって新興国に及ぶ課題は対応できるだろう。しかし、大きなリスクも残っている。新興国、とりわけ中国の企業が抱える債務が拡大していることだ」と述べ、世界の経済や金融市場の動向を注視しながら、金融政策を進める考えを強調しました。 

日銀の黒田総裁も6日の講演で、「引き続きFRBは、アメリカ経済と世界経済を十分勘案しながら、適切な金融政策を運営していくと思っている」と述べ、パウエル氏が世界経済への影響を注視しながら、慎重に政策運営をしていくことに期待を示しました。 

世界の金融市場が「大いなる巻き戻し」に直面し、基軸通貨ドルの動向を左右するFRBのかじ取りの重要性が増す中、世界経済の回復傾向をさらに持続させることができるのか。トランプ「印」のパウエル氏の手腕が問われるそうになりそうです。






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